読んだ論文は The hypoxic burden of sleep apnoea predicts cardiovascular disease-related mortality: the Osteoporotic Fractures in Men Study and the Sleep Heart Health Study である。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6451769/
これまでの抄読はこちら。
0. 目次
AHIではなく「低酸素の総量」を測る
この論文は何をした?
なぜAHIだけでは不十分なのか?
Hypoxic Burdenとは?
どんなデータを使った?
PSGでは何を測定した?
Hypoxic Burdenはどうやって計算する?
- 7-1. 呼吸イベントを検出する
- 7-2. 各イベントのbaseline SpO₂を決める
- 7-3. 患者ごとのsearch windowを作る
- 7-4. 各イベントの低酸素面積を計算する
- 7-5. 全イベントを合計してTSTで割る
- 7-6.
%min/hとは何を意味する?
AHI・ODI・TST90・Hypoxic Burdenの違い
どのような統計解析をした?
MrOSではHypoxic BurdenはCVD死亡を予測した?
SHHSでも再現した?
AHIではダメだったのか?
Hypoxic BurdenはAHIとは別物なのか?
深く短い低酸素と、浅く長い低酸素は同じなのか?
全死亡も予測した?
なぜHypoxic Burdenが心血管リスクと関係するのか?
この研究の何が面白い?
注意点
- 18-1. 「予測性能がAHIより高い」と直接証明した研究ではない
- 18-2. 高齢者中心のコホート
- 18-3. Hypoxic Burdenにも呼吸イベント判定が必要
- 18-4. universalなカットオフ値はまだない
- 18-5. 同じ面積でも低酸素パターンは異なる
- 18-6. 観察研究なので因果関係は証明できない
- 18-7. 1晩のPSGで約10年後を予測している
- 臨床的にはどう考える?
- まとめ
1. AHIではなく「低酸素の総量」を測る
論文:
The hypoxic burden of sleep apnoea predicts cardiovascular disease-related mortality: the Osteoporotic Fractures in Men Study and the Sleep Heart Health Study
- Ali Azarbarzin ら
- European Heart Journal
- Volume 40, Issue 14, 2019, pp.1149–1157
- DOI: 10.1093/eurheartj/ehy624
- 2018年10月30日にonline publication、2019年4月号に掲載。
- Brigham and Women’s Hospital / Harvard Medical Schoolを中心に、UCSF、UC San Diego、University of Minnesotaなどによる共同研究。
- 筆頭著者・corresponding authorはAli Azarbarzin。
この論文の問題意識はかなりシンプルである。
現在、睡眠時無呼吸症候群(OSA)の重症度は基本的に
$$ \boxed{\mathrm{AHI}} $$で評価される。
しかしAHIは、
1時間に無呼吸・低呼吸が何回起きたか
しか数えていない。
一方、同じ1回の無呼吸でも、
| |
では、生体に与える負荷は明らかに違いそうである。
それでもAHIでは、
| |
として扱われる。
そこでこの論文では、
「何回呼吸が止まったか」ではなく、無呼吸・低呼吸によってどれだけの低酸素に曝露されたかを測ったほうが、OSAの心血管系への負荷を表せるのではないか
と考えた。
2. この論文は何をした?
この研究では、
$$ \boxed{\text{Hypoxic Burden}} $$というOSA重症度指標を作った。
日本語にすると、
低酸素負荷
あるいは
低酸素曝露量
くらいの意味になる。
具体的には、PSG中に起きたそれぞれの無呼吸・低呼吸について、
呼吸イベントに伴ってSpO₂がどれだけ深く、どれだけ長く低下したか
を面積として計算する。
そして、
$$ \text{全イベントの低酸素面積} $$を合計し、
$$ \text{総睡眠時間} $$で割った。
これをHypoxic Burdenとした。
そのうえで、
Hypoxic Burdenが高い人ほど、その後心血管疾患(CVD)で死亡しやすいか?
を、米国の大規模コホート2つで検証した。
3. なぜAHIだけでは不十分なのか?
AHIは、
$$ AHI= \frac{ \text{無呼吸+低呼吸イベント数} }{ \text{睡眠時間(h)} } $$である。
例えば、
| |
なら、現在の一般的な重症度分類では両者とも同程度の「重症OSA」となる。
しかし実際には、
| |
ことがあり得る。
実際、この論文のデータでは、
$$ AHI=40/\mathrm{h} $$程度の患者であっても、Hypoxic Burdenは
$$ 40\sim300\ \%\mathrm{min/h} $$程度まで大きくばらついていた。
つまり、
同じAHIでも実際の低酸素負荷には7倍以上の差があり得る
ということである。
4. Hypoxic Burdenとは?
この研究が測りたいものは、
$$ \boxed{ \text{frequency} + \text{depth} + \text{duration} } $$である。
つまり、
- frequency:何回イベントが起きたか
- depth:SpO₂がどれだけ深く低下したか
- duration:低酸素がどれだけ長く続いたか
を1つの指標にまとめる。
概念的には、
| |
このときbaselineとSpO₂曲線の間にできる
「へこんだ部分の面積」
を測る。
深く低下すれば面積が大きくなる。
長く低下しても面積が大きくなる。
イベントが何回も起きれば、その面積が積み上がる。
したがって、
$$ \boxed{ Hypoxic\ Burden \simeq \text{低酸素の深さ} \times \text{持続時間} \times \text{イベント数} } $$という指標になる。
5. どんなデータを使った?
2つの大規模コホートを使っている。
| コホート | 対象 | 主な解析対象 | 年齢 |
|---|---|---|---|
| MrOS Sleep Study | 高齢男性 | 2743人 | 76.3 ± 5.5歳 |
| SHHS | 男女の中高年 | 全死亡解析5111人 | 63.7 ± 10.9歳 |
SHHSでは女性が約52.8%含まれていた。
MrOS
正式には、
Osteoporotic Fractures in Men Study
である。
もともとは米国の65歳以上の男性5994人を対象とした骨粗鬆症・骨折の大規模コホート。
そのうち3135人が2003~2005年に睡眠研究に参加し、自宅PSGを受けた。
解析可能なPSGや共変量を絞り込んだ結果、
$$ \boxed{n=2743} $$となった。
平均追跡期間は、
$$ 10.0\pm3.5\text{年} $$で、
- 全死亡:1270人
- CVD死亡:440人
であった。
SHHS
正式には、
Sleep Heart Health Study
である。
40歳以上の男女を対象とした、睡眠呼吸障害と心血管疾患との関連を見る大規模前向きコホート。
CVD死亡解析では、欠測やSpO₂信号不良を除外した
$$ \boxed{n=4672} $$を解析した。
平均追跡期間は、
$$ 10.9\pm3.1\text{年} $$で、
CVD死亡313人
が確認された。
全死亡については、
$$ n=5111 $$を解析し、
1142人が死亡
していた。
6. PSGでは何を測定した?
MrOSでは自宅で1晩のunattended PSGを行っている。
主なチャンネルは、
- EEG
- EOG
- 顎EMG
- ECG
- nasal pressure
- thermistor
- 胸腹部呼吸運動
- finger pulse oximetry
- body position
- leg movements
など。
SpO₂は、
$$ \boxed{1\ \mathrm{Hz}} $$で記録されている。
つまり1秒に1点。
Hypoxic Burdenの計算で重要なのは、
低酸素を伴うイベントだけを最初から選んでいるわけではない
ことである。
呼吸振幅から判定された
apnoea / hypopnoeaを、desaturationの有無にかかわらず拾い、その後SpO₂変化を調べる
という方法をとっている。
7. Hypoxic Burdenはどうやって計算する?
ここがこの論文の中核。
大きく分けると、
| |
となる。
7-1. 呼吸イベントを検出する
MrOSでは、
Apnoea
おおむね、
thermistorでairflowが消失またはほぼ消失した状態が10秒以上
Hypopnoea
airflowまたはthoracoabdominal movementが30%以上低下し、10秒以上持続
としている。
Hypoxic Burdenを計算するときには、
$$ E_i=[s_i,e_i] $$という各respiratory eventについて処理していく。
ここで、
- $s_i$:イベント開始時刻
- $e_i$:イベント終了時刻
とする。
7-2. 各イベントのbaseline SpO₂を決める
イベント$i$について、
イベント終了時点より前100秒間
を見る。
その区間のSpO₂の最大値を、
$$ B_i $$とする。
つまり概念的には、
$$ \boxed{ B_i= \max_{t\in[e_i-100s,e_i]} SpO_2(t) } $$である。
これを、そのイベントに対する
pre-event baseline saturation
とした。
例えば、
| |
なら、
$$ B_i=97\% $$となる。
7-3. 患者ごとのsearch windowを作る
ここがちょっと面白い。
単純に、
「イベント終了後30秒を積分」
などという固定windowにはしていない。
SpO₂低下は呼吸イベントに対して時間的な遅れをもつし、回復するまでの時間も人によって異なる。
そこで患者ごとに、
その患者の全respiratory eventをイベント終了時点で揃える。
つまり、
$$ e_i=0 $$になるように整列する。
| |
これらのSpO₂波形を平均する。
$$ \overline{SpO_2}(\tau)=\frac{1}{N}\sum_{i=1}^{N}SpO_{2,i}(\tau) $$$\tau$は 各呼吸イベントの終了時点を0としてそろえた「相対時間」のこと。 $SpO_{2,i}(\tau)$ は $i$ 番目の呼吸イベントの終了時点を0秒としたとき、相対時刻 $\tau$ におけるSpO₂のこと。
つまり最初の式は、全N個の呼吸イベントを終了時点で位置合わせして、各相対時刻 $\tau$ ごとにSpO₂を平均した波形
こうして、
その患者に典型的なrespiratory-event-associated desaturation curve
を作る。
この平均波形から低酸素低下を囲む時間範囲を決め、
$$ W=[\tau_1,\tau_2] $$というsubject-specific search windowを設定する。
Figure 1では、平均desaturation curveを囲む2つのpeak間をsearch windowとしている(原著図を参照)。
つまり、
全員に同じwindowを使うのではなく、その人のSpO₂応答の時間特性に合わせてwindowを作る
ということである。
7-4. 各イベントの低酸素面積を計算する
baselineを
$$ B_i $$とし、search windowを
$$ W $$とする。
このwindow内で、
baselineとSpO₂曲線との間の面積
を計算する。
概念的には、
$$ A_i=\int_W\left(B_i-SpO_2(t)\right)dt $$である。
| |
この
$$ A_i $$が、その1回の呼吸イベントによる
hypoxic burden
となる。
7-5. 全イベントを合計してTSTで割る
一晩に$N$個の呼吸イベントがあれば、
$$ A_1,A_2,\dots,A_N $$を全部合計する。
$$ A_{\mathrm{total}}=\sum_{i=1}^{N}A_i $$しかし睡眠時間が長い人ほど単純にイベント数が増えやすいため、
total sleep time
で標準化する。
したがって、
$$ \boxed{ HB= \frac{ \displaystyle\sum_{i=1}^{N}A_i }{ TST_{\mathrm{hour}} } } $$となる。
単位は、
$$ \boxed{\%\mathrm{min/h}} $$である。
7-6. %min/hとは何を意味する?
最初見るとかなり奇妙な単位。
例えば、
$$ HB=20\ \%\mathrm{min/h} $$なら、
睡眠1時間あたり20 %×min の低酸素面積があった
という意味。
例えば、
ケースA
1時間のうち20分間、
$$ 1\% $$低下していた場合、
$$ 1\%\times20\mathrm{min}=20\%\mathrm{min} $$ケースB
1時間のうち5分間、
$$ 4\% $$低下していた場合、
$$ 4\%\times5\mathrm{min}=20\%\mathrm{min} $$である。
したがってどちらも、
$$ \boxed{ HB=20\ \%\mathrm{min/h} } $$となる。
ここは非常に重要で、
Hypoxic Burdenは「何%まで落ちたか」でも「何分低かったか」でもなく、その積分値
である。
8. AHI・ODI・TST90・Hypoxic Burdenの違い
整理すると、
| 指標 | 何を測る? | 主な弱点 |
|---|---|---|
| AHI | 無呼吸・低呼吸の回数/h | 深さ・持続時間を無視 |
| ODI | 一定以上のSpO₂低下回数/h | 低下の深さ・時間の情報が乏しい |
| TST90 | SpO₂<90%だった睡眠時間割合 | OSA以外の持続性低酸素も拾う |
| MinSat | 最低SpO₂ | 一晩全体の負荷を表さない |
| Hypoxic Burden | 呼吸イベントに伴うSpO₂低下面積/TST | respiratory event判定が必要 |
特にTST90には問題がある。
例えばCOPDやobesity hypoventilation syndromeでは、
| |
という状態があり得る。
するとTST90は非常に大きくなる。
しかしそれは、
OSAによるintermittent hypoxia
とは限らない。
Hypoxic Burdenでは、
無呼吸・低呼吸イベントに時間的に関連したSpO₂低下だけ
を積分しようとしている。
そのため著者らは、TST90よりOSAに特異的な低酸素ストレスを測れると考えている。
9. どのような統計解析をした?
アウトカムは、
- CVD mortality
- all-cause mortality
である。
解析には、
$$ \boxed{\text{Cox proportional hazards model}} $$を使用した。
Hypoxic Burdenについては連続値としての解析に加えて、
quintile(五分位)
でも解析した。
つまり、
| |
とした。
モデルは段階的に共変量を増やしている。
| Model | Coxモデルに入っている主な変数 |
|---|---|
| Model 0 | Hypoxic Burden |
| Model 1 | Hypoxic Burden + 年齢、BMI、人種、性別、TST、施設、喫煙、飲酒、非CVD疾患など |
| Model 2a | Hypoxic Burden + Model 1の変数 + AHI |
| Model 2b | Hypoxic Burden + Model 1の変数 + ODI |
| Model 3 | Hypoxic Burden + Model 1の変数 + AHI + MinSat + TST90 |
| Model 4 | Hypoxic Burden + Model 1の変数 + AHI + MinSat + TST90 + cardiometabolic diseases |
Model 4が最も厳しく調整したモデル。
つまり最終的には、
「年齢や肥満、既存のCVD、AHI、TST90などが同じでも、Hypoxic Burdenそのものが死亡リスクと関係するか?」
を見ている。
10. MrOSではHypoxic BurdenはCVD死亡を予測した?
予測した。
MrOSではHypoxic Burdenを、
| Quintile | Hypoxic Burden |
|---|---|
| Q1 | ≤20 %min/h |
| Q2 | 20–34 |
| Q3 | 34–53 |
| Q4 | 53–88 |
| Q5 | >88 |
に分けている。
最も厳しく調整したModel 4では、
| Hypoxic Burden | CVD死亡 HR |
|---|---|
| Q1 | 1.00 |
| Q2 | 1.19 |
| Q3 | 1.26 |
| Q4 | 1.81 (95% CI 1.25–2.62) |
| Q5 | 2.73 (95% CI 1.71–4.36) |
であった。
つまり、
Hypoxic Burdenが上位20%の高齢男性では、下位20%に比べCVD死亡hazardが約2.7倍
という結果。
しかも、
- AHI
- TST90
- MinSat
- 既存CVD
- hypertension
- diabetes
- stroke
- BMI
- 年齢
などを調整しても残った。
上記の交絡因子として影響の強そうな変数を共変量に加えて、これらの条件が同じだと仮定した場合に、それでもHypoxic Burdenが大きいとCVD死亡hazardを引き上げる、ということがわかったということ。
これはかなり強い関連である。
11. SHHSでも再現した?
再現した。
SHHSでは分布が少し違うので、quintileの境界も違う。
| Quintile | Hypoxic Burden |
|---|---|
| Q1 | ≤16 %min/h |
| Q2 | 16–28 |
| Q3 | 28–43 |
| Q4 | 43–71 |
| Q5 | >71 |
であった。
Model 4では、
| Hypoxic Burden | CVD死亡 HR |
|---|---|
| Q1 | 1.00 |
| Q2 | 1.48 |
| Q3 | 1.34 |
| Q4 | 1.61 |
| Q5 | 1.96 (95% CI 1.11–3.43) |
となった。
つまりSHHSでも、
Hypoxic Burden上位20%ではCVD死亡hazardが約2倍
だった。
MrOSとSHHSは、
- 年齢
- 性別構成
- 元になったコホート
- PSGの細かな測定方法
が異なる。
それでも同じ方向の結果が出たことは、この研究のかなり強いところ。
12. AHIではダメだったのか?
ここがこの論文で最もインパクトのあるところ。
著者らの解析では、
AHIを独立したpredictorとして解析した場合、CVD mortalityとの有意な関連は認められなかった。
一方でHypoxic Burdenは、
MrOSとSHHSの両方でCVD mortalityと関連した。
さらに既存の低酸素指標では、
- TST90 → SHHSでは関連したがMrOSでは関連しない
- ODI → MrOSでは関連したがSHHSでは関連しない
というように、コホート間で結果が安定しなかった。
Hypoxic Burdenだけが比較的一貫していた。
したがって著者らは、
$$ \boxed{ AHI \text{よりも} Hypoxic\ Burden } $$のほうが、
OSAの心血管系への生理学的負荷
を適切に表している可能性があると考えた。
13. Hypoxic BurdenはAHIとは別物なのか?
完全に独立したものではない。
イベントが多ければHypoxic Burdenも当然大きくなりやすい。
MrOSのmoderate~severe OSA患者では、
| 指標 | Hypoxic Burdenとの相関 |
|---|---|
| AHI | r = 0.70 |
| ODI | r = 0.74 |
| TST90 | r = 0.49 |
であった。
つまり、
$$ HB\neq AHI $$ではあるが、
$$ HB\ \text{と}\ AHI $$はかなり相関している。
それでも完全には一致しない。
ここが重要。
例えばAHIが同じ40/hでも、
$$ HB=40\sim300\ \%\mathrm{min/h} $$まで広がる。
つまり、
AHIはイベント数というHypoxic Burdenの構成要素の1つしか見ていない
という関係に近い。
14. 深く短い低酸素と、浅く長い低酸素は同じなのか?
Hypoxic Burdenには一つ面白い問題がある。
例えば、
$$ 1\%\times20\mathrm{min}=20\%\mathrm{min} $$と、
$$ 4\%\times5\mathrm{min}=20\%\mathrm{min} $$は同じHypoxic Burdenになる。
しかし生体にとって、
浅い低酸素が長時間続くこと
と
急激で深い低酸素が短時間起こること
が本当に同じかは分からない。
著者らもこれを認識している。
そこでMrOSで、
- desaturation depthの影響を弱める square-root transformation
- depthの影響を強める square transformation
を行った。
しかしCVD mortalityとのstandardized HRは大きく変化しなかった。
したがって少なくともこのデータでは、
深さを数学的に強調しても弱めても、CVD死亡との関連は概ね保たれた
としている。
ただしこれは、
「深い低酸素と浅い低酸素は生理学的に完全に同じ」
と証明したわけではない。
15. 全死亡も予測した?
ここはCVD mortalityほどきれいではない。
MrOS
Hypoxic Burdenは、
all-cause mortalityとも有意に関連した。
SHHS
一方、
all-cause mortalityとの有意な関連は認められなかった。
したがって、
$$ Hypoxic\ Burden \rightarrow CVD\ mortality $$については2コホートで再現したが、
$$ Hypoxic\ Burden \rightarrow all-cause\ mortality $$は一貫しなかった。
著者らは、
respiratory-event-related intermittent hypoxiaが、特に心血管死亡につながる生物学的経路を反映している可能性
を指摘している。
16. なぜHypoxic Burdenが心血管リスクと関係するのか?
OSAでは、
| |
を一晩中繰り返す。
このintermittent hypoxiaは、
- 交感神経活性化
- 酸化ストレス
- 炎症
- 血管内皮機能障害
- 代謝障害
などに関係すると考えられている。
これらは、
- 高血圧
- アテローム性動脈硬化症
- 不整脈
- 心筋梗塞
- 脳卒中
などにつながり得る。
したがって、
低酸素イベントが何回起きたか
だけではなく、
その人が実際にどれだけの低酸素ストレスを受けたか
のほうが心血管アウトカムと結びつく、というのは生理学的にもかなり納得しやすい。
17. この研究の何が面白い?
従来、
| |
というように、
イベント数
を中心にOSAを捉えてきた。
しかし、この研究が言っていることを極端にまとめると、
「呼吸が何回止まったかより、その結果どれだけ酸欠になったかを見るべきでは?」
ということである。
例えば、
| |
なら、従来のAHIではほぼ同じ重症度。
しかしHypoxic Burdenでは、
| |
と評価できる。
実際、論文データでもAHI 40/h付近でHypoxic Burdenに40~300 %min/hという大きなばらつきが存在した。
さらに重要なのは、
Hypoxic BurdenのCVD mortalityとの関連が、AHIを統計的に調整しても残った
こと。
つまり、
$$ \boxed{ \text{AHIでは説明できない情報を} \text{Hypoxic Burdenが持っている} } $$可能性を示している。
18. 注意点
18-1. 「予測性能がAHIより高い」と直接証明した研究ではない
これはかなり重要。
タイトルには、
predicts cardiovascular disease-related mortality
とある。
しかしこの研究で主に示しているのは、
$$ Hypoxic\ Burden \leftrightarrow CVD\ mortality $$のhazard ratio
である。
つまり、
Hypoxic Burdenが高い人ほど将来CVD死亡が多い
ことは示している。
一方、
- ROC-AUC
- C-index
- calibration
- NRI
- decision curve
などを用いて、
AHIモデルよりHypoxic Burdenモデルの個人レベルの予測精度がどれだけ改善したか
を本格的に比較した研究ではない。
したがって、
$$ \boxed{\text{HBのほうがAHIよりCVD mortalityとの関連が一貫して強い}} $$とは言えるが、
$$ \boxed{\text{HBを使えば個人の死亡予測精度が明確に向上する}} $$ところまでは、この論文だけでは断言できない。
18-2. 高齢者中心のコホート
MrOSは、
平均76歳前後の男性のみ。
SHHSも、
平均60歳代。
若年者は少ない。
さらに少数民族のrepresentationも十分ではない。
著者ら自身、
younger individualsやwomen aloneについて十分検討できなかった
ことを限界として挙げている。
したがって、
20~40代のOSA患者にも同じリスク関係がそのまま当てはまる
とは限らない。
18-3. Hypoxic Burdenにも呼吸イベント判定が必要
一見すると、
「SpO₂だけあれば計算できる指標」
に見える。
しかし元論文の方法では、
まず
apnoea / hypopnoeaの位置
が必要。
そのイベントを基準にSpO₂ desaturationの面積を切り出す。
つまり実際には、
$$ \boxed{ respiratory\ event\ annotation + SpO_2 } $$が必要である。
著者らも、
oximetry channel and respiratory event data
があれば自動算出できる、としている。
したがって、
SpO₂だけから完全自動でOSA-specific Hypoxic Burdenを算出できる
という研究ではない。
18-4. universalなカットオフ値はまだない
MrOSでは上位20%が、
$$ HB>88\ \%\mathrm{min/h} $$だった。
一方SHHSでは、
$$ HB>71\ \%\mathrm{min/h} $$で上位20%。
つまり同じquintileでも閾値が違う。
これは、
「HB 80以上なら重症」
のような臨床的cut-offをこの論文から決めることはできない
ということ。
今回のquintileは、
それぞれの研究集団内の分布に基づく相対評価
である。
18-5. 同じ面積でも低酸素パターンは異なる
前述したように、
$$ 20\mathrm{min}\times1\% $$と、
$$ 5\mathrm{min}\times4\% $$は同じHypoxic Burden。
しかし、
| |
と、
| |
では、
sympathetic surgeやoxidative stressなどが異なる可能性がある。
著者らの追加解析ではdepth weightingを変えても結果は大きく変わらなかったものの、
Hypoxic Burdenという1つのscalarに圧縮することでSpO₂波形の形状情報が失われる
という限界自体は残る。
18-6. 観察研究なので因果関係は証明できない
これは、
prospective observational cohort
である。
したがって、
$$ HB\uparrow\rightarrow\text{CVD死亡}\uparrow $$という関連は示しているが、
$$ HB\uparrow\boxed{\text{が原因}}\text{CVD死亡}\uparrow $$と証明したわけではない。
年齢、BMI、既存疾患など多数の因子を調整しているものの、
residual confounding
は残り得る。
著者らも明確にこの点をlimitationとして挙げている。
したがって、
Hypoxic Burdenが高い人をCPAPで下げればCVD死亡が減る
という治療効果までこの研究から証明されたわけではない。
18-7. 1晩のPSGで約10年後を予測している
MrOSもSHHSも、基本的には
baselineの1晩のPSG
からHypoxic Burdenを算出し、その後約10年間の死亡を追っている。
しかしOSAには、
- night-to-night variability
- 体重変化
- 加齢
- CPAP導入
- 睡眠姿勢の変化
- 飲酒
- 薬剤
- 基礎疾患の変化
などがある。
つまり10年間、
$$ HB(t)=HB(0) $$だったわけではない。
にもかかわらずbaselineの1晩のHypoxic Burdenだけで長期リスクとの関連が出た、と考えると結果はかなり興味深い。
一方で、
長期的なOSA exposureを正確に測定した研究ではない
という限界でもある。
19. 臨床的にはどう考える?
この研究から、
AHIはもう不要
とはならない。
AHIは、
- 診断基準として確立している
- 解釈が簡単
- 世界的に標準化されている
- 治療適応にも使用される
という非常に大きな利点がある。
むしろこの論文が示したのは、
$$ \boxed{\text{AHIだけではOSAのすべてを表せない}} $$ということ。
OSAを、
| |
のように多面的に評価する必要がある、という方向性である。
特にCVD riskに関しては、
$$ \boxed{ \text{イベント数} } $$よりも、
$$ \boxed{ \text{そのイベントが生体に与えた低酸素ストレス} } $$のほうが重要である可能性を、この研究はかなり明瞭に示している。
20. まとめ
この論文を一言でいうと、
睡眠時無呼吸を「1時間に何回呼吸が止まったか(AHI)」だけで評価するのではなく、各呼吸イベントに伴うSpO₂低下の深さと持続時間を面積として積分したHypoxic Burdenで評価すると、将来の心血管死亡リスクをよりよく捉えられる可能性を示した研究
である。
Hypoxic Burdenは各respiratory eventについて、
$$ \text{baseline SpO₂}-\text{実際のSpO₂} $$から生じる低酸素面積を計算し、
$$ \boxed{ HB= \frac{ \sum \text{event-associated desaturation area} }{ TST } } $$として求める。
単位は、
$$ \%\mathrm{min/h} $$である。
MrOSでは、最も厳しく調整したモデルでも、
- Q4:HR 1.81
- Q5:HR 2.73
とHypoxic Burdenが高いほどCVD死亡リスクが増加した。
SHHSでも、
- Q5:HR 1.96
と再現した。
一方AHIは、CVD mortalityとの関連が一貫して認められず、TST90やODIも2つのコホートで結果が一定しなかった。
その意味でこの研究の重要なメッセージは、
$$ \boxed{ \text{OSAの重症度} \neq \text{呼吸イベントの回数だけ} } $$ということ。
そして、
$$ \boxed{ \text{何回止まったか} \quadより\quad \text{その結果、どれだけ低酸素に曝露されたか} } $$を見ることで、OSAの心血管系への生理学的負荷をより直接的に定量化できる可能性がある。
ただし、
「Hypoxic Burdenを使えばAHIより個人レベルの予測精度が高くなる」ことや、「Hypoxic Burdenを下げればCVD死亡が減る」ことまで証明した研究ではない。
この論文の価値は、
AHIという単純なevent frequencyだけでは捉えられないOSAの生理学的severityを、SpO₂波形から定量化し、それが約10年後のCVD mortalityと独立して関連することを2つの大規模コホートで示した
ところにある。